先日。
パソコンを買った時のお話しである。
自宅でインターネットができるくらいで十分。
ということでかなり安いデスクトップ型のパソコンを購入させていただいた。
携帯電話にしろパソコンにしろ、初めての機種だったり初めて触るものは操作がおぼつかないのは至極当然。
更にパソコンはインターネットをするためにプロバイダとの契約やモデムの接続等ややこしいことこの上ない。
そこで私はパソコンを購入した電器屋さんで 【出張接続サービス】 を頼んだのである。
出張サービス当日。
自宅を訪問してきたサービス員は女性だった。
年の頃なら三十代半ばだろうか。
スラリとした体型に黒のスーツ。
細めのメガネがキラリと輝いていた。
眉ひとつ動かさずに事務的な会話とテキパキ作業を進行するだけの姿は少々高飛車にも思えた。
私は以前から、理由はわからないが、キレイと高飛車は紙一重。という美的感覚を持っている。
そんな私が彼女に恋をするのにそう時間はかからなかった。
そう。
私は恋をしてしまったのだ。
しかしオーラを出しまくっている彼女には指一本触れるどころか世間話をすることすら恐れ多いように感じた。
時間がない。
彼女は接続が終われば部屋を去り、二度と会うことはないだろう。
どうする?
私は脳みそをフル回転させてどうにか彼女に近づこうと考えていた。
そうこうしている間にも、彼女は黙々と作業を続けている。
そして彼女は口を開いた。
「モデムの接続は完了しました。プロバイダとの接続にパスワードが必要ですのでパスワードをお願いします」
事務的な様子は全然変わっていない。
それは当然。
悶々としているのは私だけだということは私が一番知っている。
しかし自分の想いを伝えたくても全然スキがない彼女に対してかなりヤキモキしていた。
そしてついに、この恋は絶対に実らない。と確信した私の脳みそは別のベクトルに向けてフル回転を始めたのだ!
「きーさーまー!オレがこんなに恋い焦がれているのにお高くとまりやがってー!許さん!」と。
「どうせ貴様とは結ばれない仲!生涯記憶に残る程のトラウマを植え付けてやるわーっ!」と、えらく攻撃的な思考に至ったのである。
人として最低である。
しかし悪魔が乗り移った私を誰が止めることができようか。
そして私は口を開いた。
「パスワードは【chinko】でお願いします」 と。
その時初めて彼女と目があったように思う。
その目は少しの怒りと溢れんばかりの哀れみを湛えていた。
その目に少々うろたえたものの、気を取り直して「こちとら銭払うとるんじゃーっ!パスワードはチンコじゃーい!チンコチンコチンコーっ!イェイ!イェーイ!」と謎のテンションで彼女に詰め寄る。
「かしこまりました」
声色ひとつ変えずに彼女はキーボードに向かって【chinko】と打ち込んだ。
「チッ。ほっぺたのひとつでも赤らめやがれってんだ。けど、かわいい顔して【chinko】って打ってやがる。どうだ~?恥ずかしいんだろ~?ホントは恥ずかしいんだろ~?おぉ~ん?」と、最低の優越感に浸りながらモニターに目をやると、そこには警告文が表示されていました。
【 パスワードは無効です。短すぎます 】
と。
それでも彼女は眉ひとつ動かさなかったとさ。
なんとも素晴らしいこの小咄。
ひょっとするとご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
実は有名なアメリカンジョークを私が脚色した、ただのパクリなのです。
しかし。
もしこれが現実だとしたら、パクリはパクリでも彼女が私のナニをパクりしてくれてたならパスワードも長くなってたかもね。ってそれはつまらないですか。そうですか。さようなら。
某年 吉日