2018年9月17日月曜日
下駄屋のせがれ
「はいお釣り。二十万両。」
9月になったというのに日差しがいっこうに衰えない、よく晴れた午後の出来事。
地元の、昔からそこにある駄菓子屋でのおばあちゃんの一言である。
なんとも郷愁のただよう言葉か。
私より先にお勘定を終わらせた少年への言葉だった。
少年二人組はとくにその言葉に反応を示さずに店を後にしてどこかへ向かって駆け出した。
無理もない。
【両】 という単位どころか【銭】さえも、あまつさえ電子マネーの出現で【円】さえも知らない子供がいるのではなかろうかと思える時代だ。
おばあちゃんが【両】といったところで胴体がちぎれるほど腹をよじれさせて笑う子供もいないだろう。
そんなことを思いながら私はモロッコヨーグルとうまい棒をおばあちゃんに差し出す。
モロッコヨーグル2つとうまい棒3本でしめて70円。
私の財布の中はお札が少々と100円玉と1円玉。
100円玉を渡そうと思ったのだがその時どう渡すか。
どう声をかけるか。
そこが問題である。
無言で渡すというのも考えた。
しかしサービス精神旺盛な私としては一言そえてあげたいのだ。
脳が瞬間湯沸かし器の如く活動する。
たぶんコンマ何秒の世界だろう。
私は数百万通りの選択肢から4つに絞り込んだ。
「はい。百万両」
「はい。百万円」
「はい。百円」
「はい。百バミューダドル」
どれだ。
どれがベストウェイだ。
【百万両】の場合はさっきの少年達に使っていたのでおばあちゃん的には嫌かもしれない。
両で渡されたお金のお釣りに両で返すほど老いぼれてはいない。と。
お釣りを渡す時に新しい単位を考えねばならないが何十年と 【両】 を使ってきた彼女に敬意を払わねばならない。
ここは私が折れるところだ。
ならば百万円か。
しかしオレオレ詐欺が横行する現代。
「釣りは999930円だろうがぁー!ぉぉっ!」とタンカをきられたらひとたまりもないがなー。と考えたおばあちゃんが警察に通報しないという確信はどこにもない。
そこにくると 「はい、百円」 というのもなにか味気ない。
バミューダドルにいたってはおばあちゃんが「またGHQに侵略されたんかーっ」 と思うかもしれない。
けど、もういいと思った。
私は一秒でも早くうまい棒を食べたかったのだ。
私がちょうどさっきの少年くらいのころ。
黒田君と二人で毎日のようにうまい棒の早食いをしていた。
少年とは自分達でルールを作っては手を広げすぎて対応しきれなくなり全てを投げ出す人。
黒田君と私もご多分にもれずそうだった。
【うまい棒の早食い】 という競技名がやがて 【早い棒のうま食い】 に変わり【早い棒のうま食い】 が 【すごい棒のやば食い】 に変わり【やばい棒のやば食い】に変わり・・・うまい棒を早く食べたほうが勝ち。という内容はなにひとつ変わってはいないのに。
やがて二人はどちらからともなくその遊びをやめた。
彼とはそれ以来あまり遊ばなくなったような気がする。
今手に持っているうまい棒もあの時と同じ味がするといいな。と思いながら 「はい百円。9月なのにまだ暑いね。おばあちゃん。体調には気をつけなよ」といいながら百円を手渡した。
「そうだねぇ。はいお釣り三十円」
まだまだ日差しは強いがツクツクボウシが秋の訪れを少しだけ感じさせるようにせわしなく鳴いていた。
暑い暑い9月の出来事だった。
うまい棒は確かにあの時と同じ味がした。
某年 吉日